「行為」だけでなく「存在」も認めるとは【嫌われる勇気】

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今回は、私の人生の書である「嫌われる勇気」に書かれている考えを基にして、「行為だけではなく、存在も認めること」について書いてみようと思います。

ザックリ言えば、他者(+自分)を「行為」のレベルだけではなく「存在」のレベルでも価値があると認識して、感謝していくことで、幸せに生きられるのではないかということです。

・・・とはいえ、言葉だけじゃ分かりにくいですよね?笑

例を挙げてみましょう。

存在を認める例

ここに彼氏くんと彼女ちゃんがいます。彼女ちゃんはとっても歌が上手で、それをお仕事にしたり、趣味でイベントに出展したりしています。彼氏くんも彼女ちゃんの歌が大好きです。

しかし、不慮の事故で彼女ちゃんは歌を歌えなくなってしまいました。落ち込んだ彼女ちゃんは「あたしは歌が歌えないなら生きる価値がないんだ。別れよう」と彼氏くんに告げます。

ここで、彼氏くんはこう答えます。「いやだ。だって僕は彼女ちゃんが歌が歌えるから好きなわけじゃないんだから。彼女ちゃんが彼女ちゃんであることが好きなんだ。歌が歌えなくても大好きだよ」

ここで、彼女ちゃんは自分のことを「歌が上手い」という「行為」のレベルで評価していますが、彼氏くんは彼女ちゃんのことを「存在」のレベルで好きなのです。

つまり「行為のレベルだけでなく存在のレベルで認める」とは、「~してくれるから」「~できるから」という能力だけに価値を感じて認めるのではなく、「あなたがいるから」ということにも価値を感じて認めるということです。

存在のレベルで認めるとどうなる?

そうして、存在のレベルで認めれば、対人関係においては唯一無二の関係になり、代替の効かない深い関係になることができます。

そして自分自身についても、「自分は自分である」ということに自信を持てるようになり、他人と比較したりして傷つかなくなります。

とはいえ、普段は「存在していること」が当たり前になってしまい、ついつい「存在」してくれていることの価値を忘れて、自分や他者を「行為」のレベルで評価してしまいがちです。

でも想像してみてください。自分の大切な人が事故にあって、九死に一生を得た時に、生きていてくれたことに感謝するはずです。やっぱり存在していること自体に価値はあるのです。

日常に取り入れてみる

まずは自分が存在していることに感謝する。

そして友人や家族、恋人にも同じ気持ちで接してみてください。

例えば「自分は何にもできない役立たずだ・・・」と落ち込んでいれば、「いやいや、君がいてくれるだけで十分さ。君がいなくなったら僕は悲しいよ」と声をかけてみてください。

それは自分自身に対しても同じようにしてみてください。

「俺は何もできない役立たずだ」と思っても、「でもそんな自分もいいよね」とか「生きてるからいいか」と認めてみてください。

こういう考え方は、コミュニティの運営などをする際にも、「居場所」を作るためのヒントになるのではないでしょうか。

私もこういう気持ちを忘れずに生きていきたいです。